金融の人類学と時間性

Miyazaki, Hirokazu. 2003. The Tempralities of the Market. In American Anthropologist 105(2): 255-265.

とても面白かった。本論文は、日本の証券会社で働く人々の時間性に着目するものである。宮崎は、社会理論家は、知識形成を駆動する時間的不和 temporal incongruity により注目すべきだ、と論ずる。戦後の日本資本主義は、アメリカに対する自らの「遅れ」によって自己を形成してきた。アメリカに「追いつき、追い越す」こと、かの国から様々なモデルを輸入し、自らを改善し続けること、その意識こそが日本の戦後復興を駆動した。資本主義の最先端にある市場が生産から投機へと移った際も、そのテンポラリティは再生産される。

ここで注目されるのは、投機ではなく裁定取引、鞘取り、アービトラージである。「アービトラージは、投機のように、市場の動向予測を必要とすることはなかった。しかしそれは、将来のポジションがどうなるにせよ、それは均衡性と効率性に即したものになる、という信仰の上にのみ成立できた」と宮崎はいう。アービトラージは、理想となる市場の均衡性と効率性からの現実の逸脱を矯正する、という意識のもとで行われる。それは理想化された状態が実現した時点からの追想を先取りして行われるのである。これは、エルンスト・ブロッホNot Yet存在論と呼ぶものと共振している。