「発明された伝統」という言説

Briggs, Charles. 1996. The Politics of Discursive Authrity in Research on the "Invention of Tradition". Cultural Anthropology 11(4): 435-469.

読み辛かったが、非常に興味深かった。伝統の創造、という言説はしばしばその伝統を担っている人間からの反駁に出会うが、それは前者がメタ言説としての優位性を言説の政治の中で主張している以上不可避である。ベネズエラ先住民ワラオ族の舞踊に関する言説を担う人々を、踊りの当事者であるウィシダトゥ、ローカルな活動家であるゴメス氏、ワラオ族ではあるが基督教の宣教者コミュニティで育ったワラオ文化保全家のメディナ氏、そして米国からやってきた人類学者自身、という順に取り扱うことで、その「伝統」からの距離がメタ言説の権威性を担保するように機能していることが示される。歴史学は伝統の創造を批判することでは自らの政治性/メタ言説としての権威性を逃れ得ない。

興味深かった点

  • アメリカ先住民の伝統を白人によって創造され先住民によって内面化されたものとする論は、白人中心主義であるとして批判される。
  • ゴメス氏はワラオ族のある地域の出身であるから、逆説的にワラオ文化全体を体現することはできない。
  • メディナ氏は宣教師によって教育されており、ワラオ族文化のフィールドワークをあちこちで行っているため、ある程度ワラオ族全体を語ることができるが、しかしその関係性はアンビバレントなものである。即ち、ワラオ文化全体を脱文脈化して学ぶためには教育を受ける必要があるが、そうするとそれは彼女自身の肉体に刻まれた文化ではなくなってしまう。