自己構成的自己の矛盾

Jungans, Trenholme. 2001. Marketing Selves: Constructing Civil Society and Selfhood in Post-socialist Hungary. Critique of Anthropology 21: 383-400.

共産主義が崩壊したあとのハンガリーでは、「市民社会」を形成するために様々な西側のグループが自己啓発的なプログラムを展開させており、西側的な自己形成を遂げることはブルデュー的な意味での文化資本にさえなっているが、そこで提示される「自己」には様々な問題がある。そこでは西洋的な自己は東側的なそれと違って自らを構成することができるという。共産主義的な自己はそのシステムの中においてエージェンシーを持った存在ではなく単なる歯車に過ぎないが、西側的なそれは自らの決定において自己を実現することができる、とされる。しかしここで問題となるのは、「自らを構成するような自己」は(ところでそれは「自己規制的な市場」とも重なるのだが)、それが「ない」と見なされている所で、いかにして構成されるのか。「自己構成的自己」を構成するためには一体どうすればよいのか?自己構成的自己が結果であるのならば、出発点にある自己構成的自己でない自己は自ら選んで自己を構成することができないはずである。そして自己構成的自己が原因であるならば、既に自己構成的である自己は自らを変革する必要がないことになる。このような言説は結局のところ、キャリアー的な意味でのオクシデンタリズムに過ぎない。